2008年8月9日午前9時5分に入院していた栽培現場の初代、母は万92歳の生涯をとじ子供達や家族の見守る中静かな眠りにつきました。栽培現場も初代の長男がキュウリやトマトから百合栽培を始めて現在は長男(2代目)も引退して孫に当たる長男の子供(3代目)が「有限会社S・G宮崎」として引き続き百合栽培を頑張り続けている。初代同様これからも2代目・3代目共々かわらぬお付き合いをどうぞよろしくお願い申し上げます。なお長い間栽培現場の更新も初代の看病の為に出来なかった事お詫び申し上げます。

2008年8月(初代が逝く)
川南宮崎病院で
今年の3月まだ桜の花もチラホラと咲き蕾の固い頃に川南の宮崎病院に入院した。

心臓の発作が出て苦しみだして点滴を受けて元気なりました。が発作が怖くて無理して歩けない。
立ち上がるのがヤットコット手を添えて車椅子に。

自宅のお店から車で10分くらいで行ける場所
お昼過ぎの暇な時間を見計らっては病院の
散歩コースを車椅子に乗せ散歩させてしていた。
高鍋の小丸川堤防の上で散歩
1ヶ月くらい川南の宮崎病院に入院していたが4月7日に高鍋の海老原病院に転院となる。

海老原病院は車で30分は掛かる往復するだけで1時間は掛かるからお店の休日の日には小丸川の堤防の上を車椅子に乗せて散歩している所です。

遠くに見るのが東九州高速道路の工事中の道路で私全線開通するまで車の運転しているかなぁー
病院で自分の散歩中の写真を見た。
車椅子で散歩させてる自分の写真をながめて見入っていた母。

母は気丈な人でオムツの中では出来ないので車椅子でトイレまで連れて行くのです。

逝く前の日まで所々時々物事を忘れる事は有ったが、自分の子供家族はみな分っていた、仕事を終わり疲れてお見舞いに行かない日は、「長い事見らんかったねー
」と言っていた。

お通夜の前に
お盆を控えてる事もあり、取り急ぎ9日にお通夜を済ませる為に急きょこしらえて貰った祭壇の前で、身近な子供や孫で記念撮影。

まだ到着してない兄弟や孫達も居ますが、お客様のお参りを前に静かな時を見はからって写した物です
その後お通夜もお葬式の日皆御揃いで写る事はゆっくりする間も無かった、
8月10日お葬式
親しい人・知人親戚・地域の方々に見守られてどどこおりなくしめやかなお葬式始まる前の風景です。

約5ヶ月間の病床にて、兄弟7人で入れ替わりながらの看病もさせて貰えたので思い残す事も無く

長い間本当にありがとう。ご苦労様でした。
ゆっくりと身体を休めて欲しいと思います。
式場の外で最後のお別れ
式場の外でお見送りしてくださる知人・親戚・地域の方々、遠い所お忙しい中をありがとうございました。

お見送りを受けながら火葬場へと行き無事済ませ
お骨となりました。
お骨になり自宅へ
お骨となりやっと我が家へ帰り初代もこれで落ち着いたことでしょう

自宅の祭壇の前に置かれた初代の前で3日参りを済ませて子供や孫達と一緒に思い出話をしながら皆で労を癒して入る所です

又明日からはそれぞれ自分のお仕事に・・・・・・・
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